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ψ無双ψ一家 寄り合い所
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 七月末までのWindows10へアップデートしてみましたよ!
……そのせいで環境を整えるのに時間がかかっちゃったんですけれども……。
というわけで、大変なお待たせとなりましたが、しのぶの夏休み、二日目の後編です!



 さてさて、猿島から戻りまして、三笠公園の散策です。
現在 三笠は、この横須賀の三笠公園に鎮座しており、その周囲は綺麗な公園に整えられています。
写真は高台からの景色ですが、右手の方に三笠が見えますね。



 公園の一角には、アメリカ軍司令官たちの植樹した月桂樹があります。
なんでここに(当時の)敵国の?と思われる方もいるかもしれませんが、これには三笠にとってとても重要なドラマが有ります。
この人達がいなければ、今の三笠はなかったかもしれません。



 日本海海戦で、大日本帝国聯合海軍の総旗艦を務めた三笠。
第一線を引いたあとは、日露戦争戦勝の記念艦として日本を見守っていました。

 ところが、1945年。日本が大東亜戦争に敗北し、連合軍が日本を占領しました。
占領軍として日本へ上陸した某国が、「自国の恥である」と解体を要求しました。
解体こそ免れたものの、艦橋や砲塔を始めとする上層構造物は、心ない人の手でくず鉄として
盗まれたり、某国の手で全て廃棄されました。
そして、跡地にはダンスホールや水族館が建てられたのです。

 それを目の当たりにして激怒したのが、占領軍側であるはずの東郷平八郎を敬愛するチェスター・ニミッツ元帥でした。
ニミッツ元帥は、三笠を守るために歩哨をつかせ、自分が著した著書の売上を寄付するまでしました。
そんな運動が実を結び、三笠は今の時代にまで残ることができたんです。



 というわけで、三笠の外観を一周。こちら、艦首のヘッドマークですね。
この艦首の方向は、皇居に向けられているそうです。

 さてさて、日本で軍艦といえば定義はなんでしょう?

 世界では、軍属の船全てを軍艦と呼びました。
でも、日本では艦首に菊花紋章を抱いている船だけが軍艦とされたんです。

 艦首に菊花紋をつけているのは二等巡洋艦、すなわち軽巡より上の艦種になります。
なので、それ以下の艦種 駆逐艦なんかは軍艦と呼ばないんですね。

それらの船をひっくるめて、日本では軍属の船を"艦艇"と呼んだそうです。



 こちらが三笠のおしり。
ご覧のとおり、現在は周りをぐるりとコンクリートで覆われています。
船名のプレートが右から読みで時代を感じさせますね。

 そこに見えるハッチが、長官室です。
艦尾に船長室があるあたり、まだ海賊とかの時代の船の設計が残っている感じがしますね。

で、この艦尾の脇にあるのが……。



 パチンコ屋のテーマでも有名な、軍艦マーチこと、軍艦行進曲の碑です。
あまりにもそっち方面で有名すぎて、実は歌詞があることをご存じない方もいるかもしれませんね。

https://www.youtube.com/watch?v=iDcvlV0Lb8s&ab_channel=ElectricEelDog

勇壮で元気が出るいい曲ですので、ぜひとも改めて聞いてみてくださいね。



 では、いよいよ東郷長官に見送られて、総旗艦 三笠に乗艦です。
急いで猿島から戻っただけあって、ゆっくりと見学できそうですよ(*´ω`*)

では、いざ参りましょう!



 乗艦料は大人600円。
これが上がったところの上甲板からの風景です。
副砲がにょきっと突き出しているのがたまりませんね(*´ω`*)

その副砲なんですが…。



 こんな感じで砲撃するそうです。

三笠の武装ですが、
 主砲 40口径30.5センチ連装砲2基4門
 副砲 40口径15.2センチ単装砲14門
 対水雷艇砲 40口径7.6センチ単装砲20門
 47ミリ単装砲16基
 魚雷発射管 45センチ発射管4門
 (wikipediaより)

……前時代の戦艦らしく、魚雷の発射管まで付いているんですね(笑)
40口径ですから、副砲のバレルの長さは6mちょいってところでしょうか?


 もっとも、副砲と言っても砲弾はこの大きさ。
まだ砲弾の機械式装填装置のない時代。これを人力で装填していたんですから、
頭が上がりませんね(*´∇`)

ここでは、14門ある副砲の一つで砲撃時の光景を見ることができます。



 8cm副砲のほうが、こちら。
あの手前の輪っかに腰を入れて砲撃と波のショックに耐えながら固定して照準するそうです。
8cmでもとてつもない衝撃なんでしょうね。
防盾があるからって、敵船と向かい合って撃ちあうなんてどんな恐怖なんでしょう。

 この副砲は舷側に設置されていますが、それを自分で自由に動かして体験することができます。



 順路にそって、どんどん歩いてくると艦首に到達。
写真では構図の都合上欠けていますが、先頭のポールに翻っているのは日章旗です。
では、ここから振り返って……。

三笠に来た人は絶対に撮る構図で一枚いきましょう!



 どどーん!

 この圧倒的な迫力がたまりませんね(*´∇`)
この主砲が先ほどの武装諸元にあった30センチの主砲です。

そして、あのマストの下辺りに見える手すりのある所が、東郷長官が指揮をとった露天艦橋です。



 上の写真にある通り、もちろん露天艦橋まで上がることができます。

 とか言いながら、主砲の写真をもう一枚(笑)
この非日常的なメカメカしい圧迫感がたまりませんね!

では、順路にそってその露天艦橋の方に上がりましょう。



 軍艦特有の急なハシゴのような階段を上がったところにあるのが、この艦橋。
ここが通常の艦橋なんですが、東郷長官はここで指揮をとっていませんでした。

 ではどこか?
それが今から上がる露天艦橋です。



 ここが、下から見たあのバルコニーっぽいところです。
ご覧のとおり、当時の司令官たちの立ち位置がプレートで示されています。

ここから見た景色が、東郷長官の見た風景なんですね。



 この有名な絵画を教科書などで見たことがある方は多いと思います。
真ん中の軍刀を手にしたヒゲの司令官が、東郷長官ですね。

ここに立って、前に差し出した手を、ぐーっと左に振れば、有名な「東郷ターン」の指揮です。
みんなも行ったら、ぜひともやってみましょう(*´∇`)つ ←やった



 改めて見ると、こんなボーリングの玉みたいなのが雨あられと飛び交っている
この空の下、露天艦橋で指揮を執るとか、尋常ではない肝っ玉ですね。
付き合わされた秋山参謀なんかはいい迷惑です(笑)

 しかも、旧日本軍の慣例に従い、旗艦の三笠は単縦陣の先頭を往ったそうです。
この時の光景、どんなものが見えたんでしょうか。

 さて、当時の軍艦はみんながみんなこんな怖いところで指揮していたわけではありません。
ていうか、東郷長官だけが特異なだけです。



 こちらが、その露天艦橋の下にある装甲指揮所です。
ご覧のとおり、厚い防盾に守られた堅固な場所で、通常はここで指揮を執ります。
ちなみに、この装甲の厚さはというと……。



 外から見るとこんな感じ。
装甲艦橋は司令官の防御を第一に作られるそうで、主砲の最大防御と同じものが採用されるそうです。

 方や艦隊の先頭で露天艦橋で指揮をとっても傷一つ無く、一方で露西亜の司令官は
装甲艦橋で指揮をとっていたにも関わらず、榴弾の破片が覗き穴に飛び込んで司令部が壊滅、
総司令官自身も重傷を負い、戦線離脱。
 武運なんてのはこういったところにもあるようです。

詳細な戦闘状況については後ほど、一緒にお勉強しませう(*´∇`)



 露天艦橋から降りてまいりました。

 きちんとした見学順路は定められているものの、この辺は比較的自由にあちこちを見て回ることができます。
これ、救助艇なんです。
前述のとおり、艦橋もマストも全ての上層構造物がレプリカではあるんですけど、
この救助艇は当時のものがそのまま備え付けれているそうです。



 そのまま甲板を歩いて、艦尾の方に参りました。
ここに艦首の主砲は先ほど見ましたが、二門目の主砲はここにあるんですね。

いよいよ、艦内に突入です!



 艦内で最初に出迎えてくれるのは、世界の三大記念艦とされている船の模型です。
日本はもちろん、今いる三笠ですね。

 二つ目、これは有名ですね。イギリスのヴィクトリー号です。
トラファルガーの海戦でネルソン提督がフランス海軍を破り、ナポレオンの野望を粉砕した戦いの旗艦です。
 三つ目はあまり聞きませんが、アメリカのコンスティテューション号です。
軍艦を保全して博物館にしている所は世界中に何箇所もありますが、三大記念艦と称されている艦は、それぞれが母国の危機を救った船であることです。

 そして特筆すべきは、ヴィクトリー号(1765年進水)もコンスティテューション号(1797年進水)もまだ現役の軍艦であるということです!



 艦内では船の設備の他に、パネル展示などで日露戦争当時の日本を取り巻く
世界情勢なんかも学ぶことができます。
この辺前の歴史は、日本が連戦連勝なので見ていて楽しいんですよね(遠い目

その展示室の片隅に、大口径の大砲がぬっと出てるのがすごいインパクトですね(笑)



 さてさて、廊下を歩いていると艦船模型の展示が行われていました。

 あたしたちにとって美味しいのは、日露戦争当時の艦艇だけでなく、二次大戦までの
連合艦隊の艦艇模型が勢揃いしているところなんですよー!



 もちろん、今回の主役たる戦艦三笠!
艦首が反りだした、この時代の独特の艦の形はとてもおもしろいですよね。

 艦これでもタイアップした『蒼き鋼のアルペジオ』の横須賀要塞港決戦では、
原作とは違うアニメオリジナルながらも、胸が熱くなる珠玉の展開だったと思います。



 三景艦と呼ばれた橋立ですよ、橋立。ちなみに他の三景艦は松島と厳島。
World of Warshipsの初期艦も"橋立"でしたが、これは日露戦争後に建造された二代目で、
日本海海戦に従軍していた三景艦とは違います。

 余談になりますが、その原作アルペジオでも三景艦が登場しているんですよ。
ミカサ戦術システムに統率されたオプション艦の、重力子機関内蔵型超重砲艦
SGCS-01「イツクシマ」たちは、陰険デコとの戦いで大活躍でしたね。



 日本海海戦組は、帝政ロシア側の艦艇も勢揃いです。
いろいろ理由はありますが、やっぱり最新鋭の戦艦を揃えた大帝国の艦隊が
日本海から出てきたらフルボッコだったら、世界もビックリしますね(笑)

……なんで、旗艦のクニャージ・スヴォーロフ写真は撮ってなかったんやろ…。



 大和をはじめとする大東亜戦争の連合艦隊がむしろ、展示の主役でした。
こちら、伊勢型は、なんと同型艦であるという利点を活かして、伊勢と日向の
それぞれで、あえて改装時期を変えているという凝りよう。

 伊勢の方には、後部を飛行甲板に改修され、航空戦艦になっていますよね。
同じく、ハイパー北上様も、軽巡版と重雷装巡洋艦の二種が展示されていました。



 このちんまいのが、うちの総旗艦 大潮です!ハブられてないかドキドキしながら探しましたよ!
プラモまで作ろうとは思いませんが、やっぱり実艦はカッコいいですよね。

 その大潮の脇にいるのが峰風。wowsでは下手な高Tire駆逐艦より遥かに強力な艦ですね。
峰風の同型艦には、ぜかましの先代の島風がいたりします。



 昨日に訪れた氷川丸の戦時改装された姿も見ることができました。
薄々文脈で察しされたかもしれませんが、日本郵船歴史博物館では戦時中の光景を
特定の観点からしか記録していませんので、病院船時代の氷川丸を見ることはできませんでした。

 ちなみに、下のほうがいまの山下公園で係留されている氷川丸。
マストに面影がありますね。戦時中は煙突の日本郵船フィンマークも塗り替えられていたんですね。



 そのつながりで言えば、隼鷹姉さん。
隼鷹のことを学べば学ぶほど、あの戦力ながらも武人然とした正確じゃなくて、
飲兵衛のキャラ付けで本当に良かったと思います。

 隼鷹に関しては、神戸にある「戦没した船と海員の資料館」にも行ってきましたので、機会があればレポートでも。



 おっと、撮ってきた艦船模型の写真を片っ端から掲載用に加工するところでした。自重自重。

 さて、三笠中央の展示室にやってまいりました。
軍艦の中にこんな広々とした展示室があるのはちょっと驚きでしたが、これだけでも
充分に入場料の価値が有るだけの、貴重品を満載した博物館になっています。



 こちらが、東郷長官の展示ですね。
右手の掛け軸は、東郷長官の直筆のもの。

『皇国の興廃此の一戦に在り。各員、一層奮励努力せよ』

有名な東郷長官の号令ですね。



 この大きな菊花紋章が、三笠の艦首に掲げられていたヘッドマークです。
今のはレプリカなんですね。
 見ての通り、展示室に入ってきた瞬間、真っ先に目を引くこんな大きな展示なんですが、
これ以後の戦艦のとあまり大きさが違わないようですね。



 こちらが、2014年に大阪の南港で行われたイベントの時の大和の展示。
前にいる人と比較していますが、最大の戦艦である大和でもこんなサイズなんです。



 いろいろ展示がありましたが、この展示が結構面白いですよ。
日本海海戦を動く模型で解説してくれるディオラマなんです。



 さて、大きな戦力差をひっくりかえした日本海海戦の展開を見ていきましょう。

 日本海で露西亜のバルト海展開艦隊、通称 バルチック艦隊を迎撃する東郷平八郎率いる大日本帝国聯合艦隊。
世紀の愚策と思われた、敵主砲射程内での大回頭(東郷ターン)で敵を丁字戦闘に引き釣り込み、砲撃戦で撃破した……というのがこれまでの定説でした。

 ところが、どの資料を漁っても、現地の展開図を見ても、素人目のあたしには丁字戦には見えなかったわけです。
というわけで、最近に代わって出てきた最新説を見ていきましょう。



 バルチック艦隊が南側から、聯合艦隊が北から来ますね。

 この時点では、反航戦になるわけです。
ここで、東郷平八郎を世界のアドミラル・トーゴーにした敵前大回頭が行われたのです。
艦艇というのは、急転回することで速度が大きく下がります。

 速度の落ちた旗艦の三笠に向かって、敵艦隊の砲撃が集中します。
実際、三笠は被害判定では中破(戦闘能力はほぼ皆無)まで追い込まれており、
後の聯合艦隊司令長官になる山本五十六(当時少尉候補生)も指を失う大怪我を負っています。

 しかし、この転回により聯合艦隊は同航戦に誘い込むことに成功。
同航戦になれば、モノを言うのは艦と兵員の練度。喜望峰周り(イメージ的にはフルマラソン)で
地球を半周してきたバルチック艦隊と、数カ月前から荒波の日本海で訓練を続けてきた日本海軍。
それに下瀬火薬や伊集院信管といった数々の新兵器がバルチック艦隊を圧倒。

 散り散りに逃げるロシア海軍を、後の日本軍でお家芸とも言える小型艇での夜戦で、
どこまで追いかけて猟犬のように追撃しました。

綿密に練った計画、積み上げた練度、戦力。こうして日本海軍は日本海海戦に勝利しました。



 いままでなぜ、日本海海戦の正しい戦術が研究されなかったかについては、諸説があります。
日本海軍が、戦術と兵器を駆使して勝ったことを諸外国に隠蔽したかったとか、
東郷平八郎というヒーローが必要だったとか。

 今回取り上げた説も真実かどうかはわかりません。
でも、敵の主砲が降り注ぐ中を平然と回頭する度胸と、それを指揮した東郷平八郎と三笠が、
国難を救ったことに間違いはありません。

 日本海海戦の模型でも、次々とバルチック艦隊の戦力が赤(撃沈・戦闘不能)に点灯していくさまは、
見ていて気持ちがいいですよ(*´∇`)



 再び艦内の設備の見学に戻ります。
今回は個人的に興味深かったので展示物を中心にお届けいたしましたが、
軍艦 三笠自体の設備も隅々まで見学することができます。



 ここは、東郷長官が平時に執務を執り行っていた部屋。
普段はこんなところで仕事をしていたんですね。

ここ以外にも、専用のお風呂だったり食堂だったりサロンだったり、
当時のいろいろな設備を余すところ無く見ることができます。



 見学も終了。
さぁ、甲板に戻りますよ。
おっと、上がるところに要注意。奥と手前に2つの階段がるのですが、
この手前の方のラッタルは司令長官専用のラッタルなんですね!

もちろん、こっちから東郷長官になった気分で上がりましょう(*´∇`)

 というわけで、二日目の全工程終了。
初日の横浜、二日目の横須賀と来て三日目はいよいよ最終目的地へ向かいます。

夜は再びヴェルニー公園へ向かいながもん、山城さんに別れを告げました。

********** おまけ **********


 横須賀の名所として、どぶ板通りという通りがあります。
変わった名前だと思いましたが、当時は道の真中にドブがあり、それを米軍払い下げの
鉄板で蓋をしていたところからこの名前がついたとか。

 ここは横浜のハイソな雰囲気の異国情緒と違って、ちょっと独特。
ミリタリーの払い下げ品グッズや、外人さんばっかりのバーなんかのお子様お断りの雰囲気。

 ここでアメリカ語飛び交うバーから大人風味のレポートがお届けできれば良かったのですが、
そんな度胸もなく……。あたしも大日本帝国聯合艦隊で従軍するものとして、
ドッグタグをこさえていただきました(笑)
 家具のお店とか覗いてきましたが、いろいろ欲しくなっちゃいますね!



 本日のお夕食は、海軍なカレーパン(*´∇`)つ○

 前回にわざとぼかしましたが、横須賀を代表する海軍メニューは3つあります。
問答無用の海軍カレーと、お昼前に頂いたチェーリーチーズケーキ。
そして、最後の一つが在日米軍から友好の証にレシピを公開されたネイビーバーガーなんです。

 これらのメニューは、きちんと定義(材料とか)が決まっていて、認定制度に合格しないと、
お店に看板を掲げることが許されません。

 で、ネイビーバーガーはといいますと…。

 

 ひどい話や( ;∀;)

 古くからあたしと親交のある方はご存知かもしれませんが、
あたしにとってトマトは火星人の食べ物。DNAが受け付けてくれません。

 どぶ板通りも含めて、何件かネイビーバーガーのお店を回りましたが、全部トマトばっかり。

いいもん、海軍ラムネもご当地グルマだしぃ(*´ω`*)!
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