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 堺の旅日記の後編です。
先週10/19は堺まつりの一環である、海上自衛隊の護衛艦と堺の史跡を
いろいろと巡ってまいりました。

 今回はその次の週、堺にある博物館を幾つか行って参りました。
先週にも言いましたが、堺は本当に歴史情緒が深く、観光も楽しめます。




 さて、堺の街の鉄道網はこんな感じになっています。
鉄道は主に盾に縦断されています。

 前回の絵日記では「はつゆき」が錨泊していた堺泉北港を含む
赤ラインのエリアをうろついていました。
 今回は青ラインのエリアの探訪記になるのですが、横縦断の交通網がいまいちありません。
レンタルサイクルも充実しているのですが、先週は歩き疲れもあり、お昼早々に撤収してまいりました。

 本日は博物館を三件はしごします。やっぱり休日でも七時起きですね!



 今回は鉄道ではなく、地元から出ていたバスで堺まで。
まぁ、さすがに早すぎてまだ、お目当ての博物館はオープンしていませんでした(* ´▽`)>
というわけで予定通り、周辺の史跡を訪ねておきます。



 JR阪堺線 堺市駅から歩いて十五分くらいかな?
とある古墳のそばにあるのが、方違神社です。

 神社の中は、鳥居の中までアスファルト舗装されていて、ちょっと
普通の神社とは違う雰囲気。
 (ぶっちゃけた話、成金趣味っぽくて史跡としては微妙な感じ)



 この神社を建立したのは、なんと歴代天皇家でも最も伝説に近い女帝、神功皇后だそうです。
神功皇后といえば、昨今の世界情勢から詳しい説明は避けますが、三韓征伐のあの人。
 その三韓征伐の帰りに、この地で方角除けのお祀りを行い、反乱を切り抜けたそうです。
その謂れより、いまでも引っ越しや旅の神さまとして全国的に有名だそうで。



 方違神社に隣接しているのが、反正天皇の古墳。
超特大古墳で有名な仁徳天皇の三男だそうです。
古墳って回りを通りすがった事しかありませんが、ちゃんとこういうふうに
お祀りされているんですね。

 早朝の澄み切った空気の中、ぶらぶら散歩していましたが、そろそろ
博物館オープンの時間のようです。駅まで戻ると致しましょう。



 堺市駅のすぐそばにあるのが、堺市立文化館です。
ここではアルフォンス・ミュシャの作品と、堺出身である与謝野晶子の展示を見ることができます。

 ここの博物館は撮影禁止のため、資料でちょっとだけ解説を。


  ちょっとタロットカードみたいな特徴的な絵画です。
この絵を描いたのは、ベルギーの画家 アルフォンス・ミュシャです。
ミュシャはチラシやポスターのイラストで身を起こし、今では
アール・ヌーヴォー("新しい時代"のアレ)の代表的デザイナーと言われてます。
 そのミュシャがポスターのような商業画家ではなく、普通の絵画を描く画家に
なろうと葛藤し、そして民族画家に目覚めるまでを追うことが出来ました。

 挿絵のようで見ていて絵画ですね。
一部では日本の萌え絵の元祖、なんて言われていたりもします(笑)



 ミュシャの下のフロアのギャラリーは、堺出身の歌人、与謝野晶子の展示です。
「みだれ髪」「君死にたもうことなかれ」教科書で出てきましたよね。

 展示の中で心に残っているのは、一通の絵葉書でした。
"情熱の歌人"と呼ばれ、女傑のイメージがきつかった与謝野晶子。
でも、その日本で待つわが子への絵葉書では、そんなイメージを全く想起させない一通でした。
 展示されている書簡では、見事な達筆であたしなんかじゃ読めない字を書いている晶子。
でも、「オカアサンハ、」で書き始められていた絵葉書はちゃんと子供でも読めるように
丁寧に丁寧に、母から子への愛情にあふれた手紙でした。
 ちょっと印象が変わりましたね(* ´▽`)



 一軒目の博物館終了~。
今は地図の右上、堺市駅にいます。というわけで、JR阪和線に乗り二駅。
百舌鳥駅に参ります。



 百舌鳥駅から歩くこと十分。
日本最大の前方後円墳、仁徳陵古墳に到着です。"前方"の名前の通り、
鍵穴っぽい形の、四角いところが正面。そこに拝所があります。


 仁徳陵は、その大きさから、ピラミッド・始皇帝陵と並んで
世界三大墳墓と呼ばれています。ピラミッドも相当大きんですね。
始皇帝陵は、「兵馬俑」があるアレです。



 仁徳陵古墳に手を合わせた後、大仙公園を横目に進むことさらに十分。
大仙公園の外れにあるのが、自転車博物館です。



 博物館の入口エリアでは、堺の自転車産業の歴史が語られていました。

 仁徳陵、堺の刃物、鉄砲、自転車。
堺の産業は、仁徳陵に収められていた鉄器に始まり、その鍛冶技術が
刃物に活かされ、南蛮渡来の鉄砲を量産するだけの技術力を産みました。
 そして戦後はそれらを下地に世界屈指の自転車部品の産業が起こりました。
このように、(当たり前ですが)歴史は必然を持ってリンクしているんです。

 あたしがひろーくあさーく歴史を悪食しているのは、こういう知ったものが
つながる瞬間のカタルシスもあります。む、ちょっとカッコいいね(* ´▽`)



 これは圧巻ですね!
次のエリアでは、一番初めの自転車"ドライジーネ(またがって地面を蹴るやつ)"から
速度やギアをデジタルで表示する最新の自転車までを時代別に展示しています。
 スポークが、チェーンが、ギアが。ちょっとずつ自転車が進化してきた
道のりを知ることができます。



 最後のエリアは、自転車の今がテーマです。
町のママチャリから、ロードレース用のプロ仕様自転車まで多様な
自転車を紹介していたり、世界一周の実機自転車を展示していたり。
 技術の部分ではブレーキや発電によるライトの仕組みを紹介していました。
部品一つでも、今でもまだまだ新技術で進化していっていますよ。



 二軒目の博物館終了~。
自転車博物館の裏手から、大仙公園に入ります。
大仙公園は、緑に包まれた広大な市民公園で、休日の本日も市民が
思い思いに寛いでいました。
 その中を、最後のターゲット、「堺市博物館」を目指して歩きます。



 堺市博物館の入口横に、古風な茶室がありました。
写真の真ん中で、女性が「懸釜」と書かれた半紙を持ってらっしゃいます。
これは「現在 茶会開催中!」っていう意味で、ちょっと飲んでいきませんか?って事なのです。
 ちょっと立ち寄ってみることに致しましょう。



 門をくぐると、風流な庭園があります。
その中に二軒、伸庵と黄梅庵という茶室があります。
 黄梅庵は、茶室のあの小さな入り口(にじり口)を潜って入る本格的な茶室です。
こちらは見学のみで、伸庵の方でお茶を頂きます。



 意外なことに、中は洋装でした。
正面に茶釜がありましたが、真ん中の注意書きの通り、ここでお茶は点てません。
代わりに、奥のほうから女中さんが、お抹茶を持ってきてくださいました。



 む、お茶菓子がものの見事に写っていませんね(笑)
まだ食べてないんですよ、ホントなんですよ!
 懐紙の上に乗せられているのは、利休古印っていう和三盆のお菓子です。
ちょっと変わったデザインですが、これは利休が商人だった頃の印を型どっているそうで。
丸いほうが実印、四角いのが三文判らしいです。



 ちょっと小腹もいれて、いよいよ本日の本命、堺市博物館に参ります。

 先週から堺市に参りましたが、どうも南蛮貿易成分も火縄銃成分も
千利休成分も足りませんでしたよね。
今、ここで、最大限に補充してまいりましょう♪



 ……はいはーい、この博物館の入り口でリーフデ号の模型の写真を最後に
二代目デジカメ君の容量がオーバーしてしまいました。
というわけで、ここからお供のiPhoneです。

 堺市博物館の第一エリアはやはり、仁徳陵から始まります。
フロアの中央には仁徳陵に納められている石棺のレプリカです。
副葬品でしょうか。黄金の兜と刀剣が脇に添えられているのが見えますね。



 さぁ、いよいよ隣のエリアがあたしたちの時代です!
埴輪のひんべえ(仮)の向こうに見えているのが、戦国期の鉄砲鍛冶の商家です。
ここから、一番見たかった時代の展示が始まります。



 再現された商家の中では、火縄を射撃するときに使う道具の展示がありました。
手前のがよく聞く"早合”で、これに押し固められた火薬と弾丸をセットにして
携行していたそうです。
発想が、今の雷管を使った銃弾と変わりませんね!



 んで、こっちが銃そのものです。
手前においてあるのが、銃身全体の細部にまで彫金が施された、当代きって
最高級の火縄銃だそうです。
 写真では見えませんが、とっても細かなデザインが全身に刻まれていました。
大名で銃の名手と名高い光秀公なんかが使ってるのもこんな高級品なんかなぁ。



 この超特大の火縄銃は、大阪の陣で大阪城に打ち込むために、堺衆に発注されたそうです。
一体、何人がかりで撃つんでしょうね(笑)



 ここからは、堺のお祭や産業を展示しています。
ここでかなり興味をひく展示を見っけました。



 堺といえば、茶の湯で千利休。
この展示エリアの一角では、期間限定(12月まで)で特設コーナーが設置されています。
ほらほら、よく見てみると「へうげもの」で見た名前が、ところ狭しと
並んでいますよね?
 ここでは、利休をはじめとする茶人の書簡なんかも見ることができるのですが…。



 そのなかで……ありましたよ、ありました!
「へうげもの」の作中で、山上宗二が処断される原因となった、全国の
名物の評論本である「山上宗二記」の実物が展示してあります!

 ちなみに、開いているページは珠光小茄子のページですね。
行方不明の珠光小茄子が、本能寺で焼失したという根拠の一つは、この本になります。



 こちらは、堺や兵庫に古くから伝わるふとん太鼓のお神輿。
こういった祭事や、産業の展示を持って、堺市博物館終了です。

 おっと、帰るのはまだ早いですよ!



 地下に、子供向けの体験エリアがありますが、そこにも是非とも立ち寄って下さい。
大人でも楽しめることうけあいです。

 銅鐸って鐘なんですけど、どんな音がするか知っていますか?
銅鏡って鏡で、裏返すと磨いてあるんですが、どんな映り方なんでしょうね。

 そういった普段はガラスケースの向こうの物体に触れることができるエリアなんです。



 神楽坂しのぶここに眠る。ちーん。
閑散としていることをいいことに、あたしも石棺に埋葬されてきました(笑)



 というわけで、二周にわたってお送りした堺市探訪はこれまで。
関西で歴史探索といえば、奈良・京都ですが、堺もなかなかの物でした。
むしろ戦国史に限れば、そっちよりもポイントは高いですよ。

 堺まつりには、毎年 海上自衛隊から護衛艦が来てくださっているそうです。
今回は予定変更で、当初の艦艇とは違う船が来たそうですので、来年は
違う船が来るかもしれません。
 来年は、イベントとして堺まつりとともにまた見に行ってもよろしいですね(* ´▽`)

********** 追伸 **********

「あれ、記事ができてたのに?」って見に来てくださってた方はごめんなさい。
何故かブログ自体に記事が2つ出来ていて、片っぽ消したら、書き上がった方の記事が
消滅したという悲劇が起きました(* ´▽`)チクショウ

……なので残った片方の記事を補完して、二度目の執筆。
そろそろ、WindowsLiveWriterとか使ってみようかなぁ。
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