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ψ無双ψ一家 寄り合い所
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 今回は少し早めのゴールデンウィークを頂きまして、舞鶴に行って参りました。
グーグルマップによりますと、舞鶴は京都府のここにあります。
 大阪から、高速バスで二時間半くらい。今回も朝早くからのお出かけです。

 バスの窓から外を眺めていると、大きな橋を渡るときに『一級河川 由良川』の看板が。
うちの対潜水艦番長の一人、軽巡 由良の名前の由来となった由良川ですね。
その由良川を超えて、いよいよ舞鶴は西舞鶴駅に到着です。



 舞鶴の観光スポットは、だいたいこの範囲。西舞鶴駅と東舞鶴駅の間に位置しています。
あたしが高速バスで到着したのは、西舞鶴駅ですね。

 今回の旅路では、西舞鶴駅から東舞鶴駅へ移動するように観光ルートを考えましたが、どちらを拠点にするかは一考の余地があります。
ま、そのあたりはおいおい(* ´▽`)



 午前十時。JR西舞鶴駅到着。
高速バスは西舞鶴駅、東舞鶴駅と共に、バス停のある中舞鶴駅にも停車します。
 観光圏内はループバスが行き来しているので、どこで高速バスを降りても大丈夫。
時間がない場合、バス停の中舞鶴で降りると、いきなり自衛隊の大迫力の桟橋前に出ます。



 西舞鶴駅の中には、芸屋台とかいうのがありました。
江戸時代の舞鶴ではこの芸屋台上での歌舞伎鑑賞が最大の娯楽だったそうで。
現在でもお城まつりなんかで見ることができるそうです。

 さて、観光に出かけたい逸る心を抑えて西舞鶴駅に立ち寄ったのにはわけがあります。



 舞鶴を観光する上で、無くてはならないパスポート、それがこの『舞鶴かまぼこ手形』です。
一枚1,000円の手形ですが、市内のループバス乗り放題(ほんとは一回200円)を始め、持っているだけで様々な特典を利用することが出来ます。

 ちなみに、名前の通りほんとに名産のかまぼこ板で出来ているそうです。



 西舞鶴の観光案内所を出て、駅前をぶらぶら見ていると、案内板を発見。
なんと、あの山が愛宕山だそうです。

 旧帝国海軍の艦船でも、重巡洋艦クラスの艦名は山の名前から取られていますね。
あの山が、"ぱんぱかぱーんのあたごん"こと重巡愛宕(呉海軍工廠 建造)の由来となった山です。


 西舞鶴駅からぶらぶら一直線に歩いて十分ほど。
あえてあたしが西舞鶴で降りた理由がここです。
田辺城こと、別名舞鶴城(ぶかくじょうと読むそうです)の城跡が公園になっています。
 ご覧のとおり、立派な大手門ですね!



 資料館前の高台から一枚。
ここ、田辺城跡は市民公園になっています。
残念ながら、お城として再建されているのは、この大手門と櫓、石垣だけです。



 実は田辺城。
日本史でも結構有名な攻城戦が行われた場所でもあります。
その時の城主は、気○いで有名な細川忠興の父、細川藤孝でした。

 関が原の合戦の折、細川家は東軍に付いたものの、西軍に城を包囲され籠城戦となります。
寡兵で堅守するものの、ジリ貧。そんな時、西軍に朝廷から勅使が送られて包囲が解かれるのです。

 というのも、文化人の細川藤孝は『古今伝授』という古今和歌集の解釈を師匠から、一子相伝のように受け継いでいたそうで。
それを絶えるのを、時の後陽成天皇は懸念したそうですね。

 戦国大戦のカードでも登場していますね。
計略が『有職故実(朝廷・公家や武家の風俗や儀式に詳しいこと)』だったりするのも古今伝授が無関係ではありますまい。
 ちなみに細川家の家臣に、鉄砲術で有名な稲富一夢がいたそうです。
兵種が鉄砲なのも、こんなところに理由があったんですね。



 細川氏時代の田辺城を解説する資料館とは別に、絵画や伝承を展示する資料館もあります。
浦島伝説や、安珍・清姫伝説などがこの地方の伝承とのことです。

 申し訳程度の戦国時代要素が終わっちゃったところで、いよいよ本格的に観光を開始します。
さっそく、首から下げたかまぼこ手形を振りかざしつつ、戻った西舞鶴のバス停からループバスに乗車。
 次の目的地、五老ヶ岳公園を目指します。



 バスで行くことしばし。
五老ヶ岳公園の、五老スカイタワーに到着。

端午の節句らしく、盛大な鯉のぼりが出迎えてくれました。
ここの入場料も、このかまぼこ手形があれば無料で登ることが出来ます。
さぁ、顔パス…じゃなくて、かまぼこパスでエレベーターに乗り込みます。



 タワーに登ると、全方向360度パノラマで、舞鶴中を見渡すことが出来ます。
あの港湾部を、かつて大日本帝国海軍の勇壮たる艦艇が、白波を蹴立てて駆けて疾走ったと思うと、ちょっと感慨深いです。
 あたしはあんまり景色に感動する質では有りませんけれども、この景色を自分の目で見たくて、あえてこのタワーを今回の立ち寄り先に選びました。

 他にも、各艦艇の名前となった景勝がずらりと眺めることが出来ます。
前述の愛宕山だけでなく、由良川や青葉山なども写真のように解説付きで確認できます。



 帰りは再びエレベーターでもいいのですが、階段で歩いて降りてみましょう。
このタワー、凝ったことに降り階段は艦船のボイラー室をモチーフに作られています。
つい、「ダンダンダンダン」なんて足音を立てて降りてみたり(笑)
 タワーは見上げるイメージほど高くないので、あっという間に到着。

…降りてきましたが、見学時間が三十分かかっていません。
一時間に一本のループバスまで、まだ時間がありますね。

五老ヶ岳公園の中をぶらぶら散歩してもいいのですが…。



『いちごパフェ始めました』の看板に釣られてついカフェに(* ´▽`)>
このタワーに登ると、カフェで使える100円引きのチケットがもらえますので、それを使って頂きました。
うーん、甘酸っぱいいちごと、自家製コンポートが絶妙ですね!

 さぁ、またループバスに乗り込みます。
この西舞鶴のレポートもここが最後、いよいよ観光地の中舞鶴へ向かいましょう。



 おーっと、見えてきましたよ、見えてきましたよ!
当たり前のように、どーんと非日常な光景が、日常の中に広がっています。
ここは冒頭の地図における自衛隊桟橋(北吸埠頭)の前あたり。

 テキトーなところでバスを降りて、次の見学場所に向かいます。



 見学可能日:土日祝祭日のみ
 時間:10:00-12:00 13:00-15:00

 次の目的地は、なんとほんまもんの海上自衛隊基地です。
見学可能な日と時間がきっちり決まっていますので、ちゃんと時計を見てから参りましょう。
入り口の詰め所で、住所氏名年齢を書いて見学申請。
首から許可証を下げて入場します。ちょっと緊張。



 気持ちのよい広々とした構内でした。
足元の縁石、あれ艦砲の主砲をモチーフにしてたりするんですかね?

やがて、講堂が見えてきました。
これが現在は博物館になっている海軍記念館です。



 残念ながら、記念館の内部は撮影禁止です。
舞鶴鎮守府の初代総司令長官の東郷中将(当時)の貴重な肉声が聞けたり、自筆の書が見れたり。
ほら有名な『皇国ノ興廃此ノ一戦ニ在リ。各員一層奮励努力セヨ』っていうあれです。達筆です。

 奥の部屋は厳重に管理された部屋で、二次大戦の資料がてんこ盛りです。
有名なところでは、軽巡龍田が潜水艦とぶつかって沈没させたエピソードの資料とかも。



 最奥は大講堂になっています。
というのも、この建物自体が天皇の行幸の際に、舞鶴鎮守府が拝謁するために建てられたそうです。
いまでも集会に使っているんでしょうかね?
ピカピカに磨き上げられて、きちんと手入れをされている講堂でした。
日の丸と旭日旗が誇らしげに掲げられています(* ´▽`)



 さぁ、どんどん参りましょう。
舞鶴は見たいところが山ほどありますので、詰め込み気味のスケジュールです。

 次の目的地はちょっと複雑なところでしたので、自衛隊の詰め所で聞いてみました。
すると、階級章をたくさんつけたナイスミドルなおじさまが、丁寧に丁寧に道を教えて下さいました。
ほんと、時間があればしばらく立ち話でも楽しんで行きたかったところです(笑)

 というわけでやって来ました、桜の名所の共楽公園。



 それにしてもこの公園、ずいぶんと険しい道です(笑)
入ってすぐは、ふつうの広場とかも広がっているのですが、一歩奥地に足を踏み入れるとこんな感じ。
案内板も殆ど無い中、道無き道を結構まよって…やっとこさ到着。



 戦国史も近代史も関係なく、歴史史跡を来訪すれば、お墓は絶対に避けることは出来ません。
きちんと手を合わせてお参りすることを忘れてはいけません。
ちょっと辺鄙な場所にありますが、舞鶴に来たら、是非とも立ち寄って頂きたいです。



 様々な戦域のお墓がありました。
太平洋戦争こと、大東亜戦争全域の戦没者をお祀りしている碑です。
余談ですが、太平洋戦争のことを日本側では大東亜戦争と呼称していました。
ところが、戦後にGHQにより帝国主義っぽいという理由で変更されたそうな。



 艦これに出演している艦艇の中では、まずは装甲空母大鳳の戦没者の碑です。
……まだ、当艦隊ではお出でになってくださいませんが。
おっと、不謹慎ですね。



 こっちが、最近になって改ニが実装された重巡洋艦 利根と筑摩の碑です。
他にも艦これには出ていない水上機母艦神威やキスカ・ソロモンといった各戦線の戦没者碑など建立されています。
この墓地はほぼ全ての碑が、二次大戦期のものに限定されているようです。

 さて、無事にお墓参りも済ませて、見学再開です。
山奥から麓にきた道を戻り、先ほどの自衛隊桟橋に向かいます。



 見学可能日:土日祝祭日のみ
 時間:10:00-12:00 13:00-15:00

 ここも、見学時間が決まっています。
土日のみじゃなければ、あたしも暇な平日をねらって来たのですが。
お墓参りを終えて到着したのが二時半…って、あと三十分しか無いじゃないですか(笑)
受付で名前や住所を書く時間も惜しいですね!
 入場証を貰うのもそこそこに、港に入場します。



 (* ´▽`)きゃー大迫力ー
運が良ければ、甲板にまで上がれる見学会なんかもやっているそうですが、今日は外観のみです。



 護衛艦には、いつかの堺まつりの時に乗艦したことがありましたが、こうも港に十隻以上が係留されているのは、ほんと大迫力ですね。
ほらほら、そこに繋がれている「みょうこう」は、有名なイージスシステムを搭載したイージス艦なんですよ!
 映画バトルシップでも浅野忠信を乗せて大活躍でしたね。
CIWSでの敵弾迎撃シーンが非常にカッコ良かったです(* ´▽`)ミ



 もっと飽きるまで堪能したかったのですが、残念ながら30分で蛍の光でした。
自衛隊の土産物屋さんをちょっと冷やかして、いよいよリアル鎮守府を訪れます。

北吸桟橋の隣、現在の市役所が併設されている特徴的な赤いレンガ群、それが当時の舞鶴鎮守府です。
現在は、ご覧のように博物館やイベントホールになっています。
先日も、艦これオンリーイベントの「砲雷撃戦よ~い!」が行われていたらしいですね。



 まずは、めちゃ遅め(現在三時)のお昼ごはんをいただきましょう。
赤レンガパークの二号棟の1Fに喫茶店jazzがあります。
せっかくですから、名物を頂きます。



 じゃーん、海軍といえばカレーと肉じゃが!
ここでは肉じゃがのどんぶりとコロッケを頂きました。
ドリンクと謎のビニールに入った(笑)ビスケット付きです。
大変おいしゅうございました…って記事を書いてたらお腹が空いてきました…。



 2Fは市政記念館で、舞鶴市の歴史が展示されています。
舞鶴市と東舞鶴市の合併や、輩出されたオリンピックの名選手の紹介などです。
残念ながら、舞鶴鎮守府の歴史はビデオの中で一言語られたくらいですね。

 展示もそうですが、この建物自体、内装の凄さも楽しんでいきましょう。
赤レンガの壁面や、天井の大きな梁とかすごい歴史を感じますね!



 三号棟には、当時のままのディーゼル車が展示されています。
ご覧のようにこの建物は、もと兵器庫。直接列車を乗り入れて、左の展示パネルの引き上げ装置で二階に物資を運んでいたそうです。
後に紹介する、中舞鶴線(現在廃線)で兵器や兵員を搬送していたそうですね。



 赤レンガ倉庫の多くは展示スペースになっていて、現在は海軍ゆかり展が行われていました。
ちょっとスカスカな感じがしますね(笑)



 嗚呼、こんなところに東郷元帥がっ(棒読み)!
いえいえ、展示自体は結構真面目なんですよ、ちょっと原寸大元帥が浮いてますけど(笑)

 ここの展示もほとんどが東郷元帥にまつわる日露戦争から一次大戦の展示でした。



 壁掛けの鎮守府所属艦艇の紹介の一部に、二次大戦期の艦も。
見たところ、水上機母艦の千代田と駆逐艦の曙くらいでした。
……おっと、曙ちゃんの写真は実際にはもちろんありませんよ(* ´▽`)>



 日も傾きかけてきましたね。
護衛艦の並ぶ埠頭を眺めながら、赤レンガ倉庫群を歩くことしばし。

ちょっと離れたところに『赤れんが博物館』があります。
ここも、かまぼこ手形を持っていると入場無料!
かまぼこ手形万歳です。



 おーっと、大迫力のいかりですね!
入り口から珍しい、護衛艦のいかりが出迎えてくれます。

さて、この博物館の展示の主役はいかり……じゃなくて、レンガの方です(笑)
なんと、『赤れんがの建物の博物館』ではなく、ほんとに『赤れんが』の為の博物館なのです!



 内部展示では、古今東西 世界中あらゆる煉瓦建築の紹介や、そこで使用されたレンガの種類、さらには製法までが事細かに説明されていました。
レンガにつける刻印の意味なんかにも詳しくなれますよ。



 というわけで、本日の見学コースはここまで。
ループバスの最終便が午後五時なので、早めに引き上げましょう。
 あたしの本日の逗留先は東舞鶴駅周辺に宿を取っておりますが、バスを逃すと徒歩かタクシーになっちゃいます。
…まぁ、徒歩でも20分ほどで着くんですけれども。

 かなり長くなりましたが、第一日目はこれまで。
 聖地巡礼記の後半の二日目に続くっ!

********** オマケ **********


 前述のとおり、本日は午後五時に宿に向かいました。
六時にはチェックインし、お風呂を頂いても七時頃。ちょっと夜の舞鶴に出かけてみましょう。

 舞鶴の町は、なんとご覧のとおり通りの一部に所属した軍艦の名前が付けられています。
でも、見たことがない名前ばかりですよね?それもそのはず、大半が日露戦争期のもの。

北西の橋のたもとに一部のみ知った名前が見て取れますが、千代田はおそらく初代の砲艦千代田でしょうし、明石も工作艦の前、巡洋艦の明石でしょう。
武蔵や高雄も先代が実はあったんです。
 京都を模したのか、こんな碁盤の目の通りが舞鶴の町です。

 舞鶴観光は、夜が結構早いです。
観光客の主な足となるループバスも、五時半頃が最終便ですし、公務員だけあってか、自衛隊関係の見学施設も三時には終了です。

 舞鶴の町は観光施設もありますが、やはり一般の住宅街。
七時には駅前通さえシャッターがおりますし、ケータイの充電ケーブルを買いに入ったジョーシンも七時半で閉店です。
 シャッター街となったあとは、飲み屋と飲食店くらいしか残りません。

 舞鶴の名産は海産物。
ちょっと食べてみたかったですが、財布と相談して断念(笑)。
夜遊びは出来そうもないので、早めに休むことにしましょう。
では旅日記、今度こそ二日目に続きまーす。
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