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ψ無双ψ一家 寄り合い所
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 久しぶりにゆっくりまる二日半のお休みを頂けました今回。
平日のお休みは(観光地の人が少ないので)出歩いていることが多いあたし。
今回は、京都と奈良、ダブルで行って参りました。

 本日の旅日記では、一日目の京都行の様子をお伝えいたします(* ´▽`)



 大阪から二時間ほど掛けて、参りましたるはJR京都駅。
前日まで降っていた雨もからりと上がり、快晴快晴。
駅前から見上げる京都タワーも、絶景かな。登ったことは有りませんが(* ´▽`)>

 到着は早出した甲斐あって、九時前。
ここから、さらに地下鉄で目的地の烏丸御池駅(からすまおいけ)まで向かいます。



 地下鉄を降りると、目と鼻の先に今回の目的地があります。
が、流石に九時過ぎの到着では開館前のようですね。
というわけで、ちゃんと予定通りに最初の目的地に参りましょう!



 その烏丸御池から、気持ちのよい朝の大通りを歩くこと十五分。
神社が多い京都の中で、異質で無骨な大手門が見えてきましたよ!
そう、最初の目的地が、世界遺産 二条城です!

 人が少ない平日を狙ってきたはずですが、観光客や学生さんで一杯です。
あ、そっか。秋は修学旅行のシーズンでもありますね。



 勇壮な大手門とは裏腹に、中は御所のような落ち着いた白壁がお出迎え。

 歴史上、二条城の名を冠する城郭はいくつかありますが、現在この場所に現存するお城は、
徳川家康が京都での宿泊場所として建築したものですね。



 おっと、入ってすぐ右手に番所があります。
ここで登城した全国の大名が入城手続きを行ったんですね。

 二条城は、後に二代秀忠との二現政治の家康の本拠として使用され、
江戸時代には主に、武家と朝廷との会見の場になりました。
 最後の将軍慶喜の大政奉還もここで行われましたから、いわば江戸幕府の誕生と終焉を見守ったお城でもあります。



 白壁にそって城郭の風景を眺めながら歩きます。
風流なイメージは受けますが、そこかしこの石垣が確かにお城を主張していますね。

 そのお城というよりは、むしろ大社や御所のような印象を受ける大変豪華な門が見えてまいりました。
二の丸御殿の入り口にあるのが、唐門です。
 この唐門は、あの伏見城から移築されたそうです。
御存知の通り、伏見城は関ヶ原の前哨戦で城を守って徳川譜代の家臣 鳥居元忠が奮戦した場所。
それに報いる家康の思いがあったのかもしれませんね。



 いよいよ、二の丸御殿の見学です。
残念ながらここから先は撮影禁止。代わりにばっちり目に焼き付けてまいりました。



 というわけで、よそから資料をお持ちいたしました。
ここが黒書院の間。将軍が全国の大名たちと謁見する広間ですね。

 立派な態度に排除を決意したという、家康と豊臣秀頼の会見もこの間で行われたそうです。
ちなみに、写真右手の赤いぼんぼりのついた押入れが武者隠し。
有事に備えて護衛の侍が待機していたそうです。

 中の廊下を巡って見学させていただきますが、本当に感服しました。
無骨なお城の御殿という趣だけでなく、御所のような雅なだけの趣だけでなく。
公武一体の独特な様式を感じられました。
あたしが建物を見て感動したのは初めてかもしれませんね。



 ふぅ、眼福眼福。
二の丸御殿を見学した跡は、天守閣跡に上がりました。
屋敷だけではなく、天守があるあたり、やっぱりお城なんだなって思い出させてくれますね。

 本丸御殿は、残念ながら見学できませんでした。
2007年までは公開していたそうですが、耐震性の不足が判明したために公開中止に。
めっちゃ残念です、超見たかった…。



http://www.city.kyoto.jp/bunshi/nijojo/bokin/bokintop.html

 出口で、一口城主募金が行われていました。
平成23年から約20年をかけて、耐震性も含めた本格修理が初められています。
 大変よいものを見せていただきましたので、あたしも500円ばかり募金してきました。
自己紹介の通り、500円玉貯金をしているあたし。
500円玉を犠牲にするくらいなら万札を切るあたしから500円玉を出させるのですから、
それはそれは感動した証左ですね!

 二条城の見学には人が少ない時期や時間を見計らって行って欲しいですね。
無骨な城郭と雅な屋敷が渾然一体となって、よそのお城では見られない独特な空気を醸し出しています。
歴史好きには自信を持ってオススメできる見学場所ですね!
きっと、信onではこんな屋敷を建てたかった…。
そう思わせるだけのものでした、うん。



http://www.kyotomm.jp/

 再び烏丸御池まで戻ってまいりました。
時間は十時半。もちろん、目的地はもう開館していました。
今回の旅のメインターゲット、京都国際マンガミュージアムです。



 ここは独特な建物を見て分かる通り、もとは龍池小学校という学校でした。
明治時代に設立された大変由緒ある小学校でしたが、最近の少子化と学校の統廃合の
影響を受け、1995年(平成7年)に廃校となってしまいました。
 その後、歴史的価値のある建物の保存と、教育や文化保存に理解のある土地柄、
マンガの博物館として残ることになったそうです。



 入場料800円也。
今の期間、入り口では雑誌『なかよし』の特集展示が行われていました。

 自宅の環境では少女漫画とあまり縁がない幼少期を送ったので、
線の細い系の絵は未だに苦手ですが(苦笑)、見たことのある作品もちらほら。



 あーほらレイアースとかめっさ懐かしいね!!
あの時代のクランプ学園探偵団を中核とする、CLAMP学園シリーズは本当に好きでした。
二十面相にお願い、学園特警デュカリオン、クランプ学園探偵団……。
 Xとかに妹之山残さまが出たと聞きましたが、いまでもCLAMP作品って面白いんですかね(目をそらす)



 内部は漫画の歴史の展示や、漫画家さんのパネルなんかも展示されているのですが、
他の漫画系博物館と違う特筆すべき点は、ご覧のとおり壁という壁に所狭しと
マンガの書架が並べられていることです。

 この本は、あちこちに設置されている読書用の休憩室はもちろん、
お天気の良い日には、芝生の校庭に持ち出して読むことも可能です!

 並べられている書物も、絶版となった大昔のマンガ本から、比較的新しい
本まで目白押しです。



 遠くから聞こえる、子どもたちの笑い声、駆ける足の音、合唱コーラス。
ここの展示は、小学校時代の設備も懐かしむことが出来ます。

 というか、二枚上の写真の通り廊下から展示室…いや、教室からにじみ出るのが
ノスタルジックな雰囲気。歩いているだけでほんわかした気分になれます。



 そして、二階の渡り廊下から見ることができるのが、おっきな火の鳥です。
日本の漫画に大きな貢献を遺した手塚治虫。
敬意を表して作られたのが、この校舎の外からも見える火の鳥のオブジェです。



 さぁ、見えてまいりました!
三階の奥まった教室にありました、ありました。
京都国際マンガアニメフェアという催し物が9月末にありまして、その第二会場として、ここでイベントが行われているんです。
艦これのトレードマークのぜかましちゃんが見えますね!

 残念ながら、中は撮影禁止でした。
というわけで、またしてもよそから資料を拝借。



 開場のどまんなかに鎮座するのが、この大和の原寸大艤装!
初めて気づいたのですが、大和の艤装って実際の戦艦の艦首が2つに分かれているデザインなんですね。
個人的にはもう二倍くらい大きくてもいいと思うのですが、如何でしょう。
あの両側についているのが、当時世界最大の46サンチ三連装主砲ですね!



 メインのイベントは、大判イラストの展示会でした。
今までに書籍や各イベント・グッズで書き下ろされたイラストが大判で大迫力の展示。
まさに、しずまよしのり(ぜかまし・ながもん)・bob(とねちく)無双!
大判のイラストをじーっくり堪能してまいりました。
 ちょっと自室に大判ポスターを飾る人の気持ちが分かりましたね(* ´▽`)

あまり、こういう展示会には来ません(大昔によく展示会を開いている会社に
ひどい目に合いまして)が、こういうのもいいですね!!



 イラストの展示エリアを堪能した後、アニメの展示エリアは撮影解禁。
部屋の正面で公式サイトでも見ることができるイメージイラストが出迎えてくれます。



 暁の水平線をバックに、アニメ設定で描かれた各キャラクターの等身大ポップが勢揃いしています。
原作では各艦娘でイラストレーターが違いますが、うまいこと共通点を掴んでイメージを統一していますよね。

男前で大迫力の聯合艦隊総旗艦 長門の超かっこいいポップはあたしも欲しくなりましたね!
あたごんのアニメイラストってここが初出らしいですね。



 新作だのなんだのいろいろ噂がありましたが、やはり公開されていた映像は
公式サイトで公開されているものと同じでした。

 やっぱり、公式では水上スキーが模範解答なんですね。
個人的にはアルペジオみたいなメンタルモデルスタイルだと思うのですが。
まーうちで情景をえがくときは今後もそれで行きますけどね(* ´▽`)>



 ちなみに、これが入場時にいただいたクリアファイル。
看板では島風さんでしたが、クリアファイルはニューフェイスの天津風さんですね。
サイズはA5。A4より使える場面が多くてあたしは好きです。

 時間を切り詰めての見学ですから、書架のマンガをゆっくり堪能するヒマは有りませんでしたが、展示・建物の雰囲気ともに、大満足。
同じ傾向の宝塚にある「手塚治虫記念館」に引けを取りません。
近所に住んでて、入場料がもうちょっと安ければ一日潰せますね(* ´▽`)



 再び地下鉄で烏丸御池から京都にとんぼ返り。
京都駅周辺の観光場所にも目星をつけております。

京都へ来たらここ!というわけで、京都国立博物館へごー。
徒歩で。十五分とかバスに乗りゃ良かったね!

 じっくり見てまいりましたが、割愛。
というのも、教科書で見た源頼朝の肖像とか目を引くものもありましたが、
一番楽しみにしている刀剣や甲冑とかが有りませんでした(* ´▽`)←骨の髄まで戦国系
たまたま向かいにあった三十三間堂を見た後、いよいよ今回の旅の最終目的地へ参ります。



 その場所は、こっから歩いて300メートルほどという結構近所。
歴史好きの方は、もうピンときた方もいらっしゃるんじゃありませんかね(* ´▽`)



 豊國神社到着~。
ここは名前の通り、なんと我らが太閤様こと豊臣秀吉を神様としてお祭している神社なのです。
次に行きますが、豊國神社の元となった大社は、当時は東大寺に匹敵する大きさだったそうで、
現在の京都国立博物館の敷地の大半を含んでいたそうです。



 豊國神社には他の神社にはない立派な本格的宝物館があります。
さっそく、御朱印を頂いている間に、見せていただきましょう!



 どーん!と入り口に鎮座している瓢箪の馬印!
ここで今回の旅で足りなかった戦国成分を補充してまいりましょう。
撮影の禁止は明記されていませんでした(タバコはダメらしいです)が、入り口で尋ねそびれましたので、この一枚だけ。

 中は甲冑が三領(いずれも持ち主不詳)や、珍しいものでは太閤様の奥歯とかが展示されていました。
大昔の家系図なんかもありましたが、よく見ると秀長や旭姫、秀秋や鶴松といったおなじみの名前も並んでいます。



 「太閤様が神様って大丈夫なの?」
という疑問は勿論わかります。実際、豊臣家の財政浪費を煽るためか、
太閤様七回忌の折には屏風に残るくらいの大例祭が行われましたが、
江戸時代に入って、幕府の命令で豊國神社は廃棄されました。

 ちなみに、神様では禁止されたので、仏様としてお祭した塚が、
前述の宝物殿の裏にあったりします。

 明治時代に入ってから、「武家を統一しても幕府を開かなかったのは
天皇家を尊重したからである」と明治天皇の命で復興されて現代に至ります。

 他にも唐門に左甚五郎の鶴が居たり、金具に豊臣家の家紋が彫り込まれていたり、
石灯籠に寄進した戦国大名の署名があったりと見どころか結構多いんですよ(* ´▽`)



 その、豊國神社の境内に隣接しているのが、ここ、方広寺です。
神道の神社と仏教のお寺が隣接している事自体、いろいろと理由があるのかもしれませんね。



 手水舎も荒れ果てて、なんか荒れ寺な雰囲気です。
境内にも社務所にも誰もおらず、なんか寂しい雰囲気。
歴史ファン的にはここへこそ来たかったんですけれども…。
どうりでネットでサイトを探しても見つからないはずです。



 最悪、立入禁止も覚悟していましたが、鐘楼にはちゃんと上がることが出来ました。
入り口の箱にお賽銭を入れて、鐘の真下で見上げました。



 おー、あったあった。
あの白く囲った光景、歴史の教科書で見たまんまですね!
それじゃ取り出したりまするは、二代目デジカメ!
(初代は三輪山で落っことして非業の最期)

 それ、望遠モード最大角!



 おー、はっきり見えた見えた(* ´▽`)←ド近眼

 方広寺署名事件とは、大阪の陣の引き金になった事件ですね。
当時、徳川家は豊臣家の溢れんばかりの黄金の財産を脅威に思い、お祭りや
寺社の建立などあらゆる手段で浪費するように仕向けていました。

 そんななかで建てられたのもこの方広寺。この鐘の署名が騒動の種になったんです。

臣豊
は臨済宗の偉いお坊様が書かれたそうで、見たまんまの意味。
「国家が安泰で、主君も家臣も豊かに栄えましょう」というだけの意味です。
それを「豊臣は一つなのに家康は首と胴を切り離す」言葉である、といちゃもんを付けたんですね。
それを「言いがかり」だと跳ね除けるだけの力も、もう豊臣には残っていなかったのでしょうね。
「馬鹿」の故事を思い出します。

 本当に呪われた言葉だと思っているのなら、合戦後 真っ先に破壊するでしょう。
残っている事自体、もうその程度だったんでしょうね(* ´▽`)ミ



 そんなわけで一日目の京都への小旅行はこんなかんじでした。
それにしても京都って広いんですよね。

 天狗が見たくて(笑)、鞍馬山へも行きたかったのですが、烏丸御池から
さらに二時間近くかかるらしくて残念。
 実は以前に聖地巡礼と称して行った舞鶴も京都府だったりします。
ほんと、懐の深い古都です。

 次の日は、奈良は天理の方へ行って参りました。
そろそろ、関西の日帰りで行けるエリアが無くなってきました(* ´▽`)
さてさてどーしましょ。
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