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 本日は、ゴールデンウィークの小旅行のお話でーす。
今回は兵庫県は猪名川町、多田銀銅山に行って参りました。

http://www.town.inagawa.hyogo.jp/dept/06200/d000622.html

どう?
感じ出てるいい写真が取れてるでしょ(* ´▽`)ノ

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 はじめは、京都亀山の光秀まつりの武者行列を見に行こうかと思っていましたが、
公式サイトの動画では、車がびゅんびゅん通っている道を、せせこましそうに行列が
歩いているのをみるに、どうも感じが出てないなと意気消沈。
 見たことがある方、感想を聞かせてください。来年考えます。

 んで、急遽 天王寺の本屋さんでウォーキングガイドを立ち読みしたところ、こんな
面白そうな史跡が紹介されているのを見つけ、行ってみた次第です。

 というわけで、大阪から電車で約1時間、川西能勢口駅からバスで三十分ほど。
兵庫県は猪名川町の白金二丁目まで出かけて参りました。

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 目的地は、多田銀銅山。そう、なんと戦国期からの鉱山なんです。
ウォーキングガイドでは、片道 一時間半かけてのハイキングコースになっていましたが、
歩くとマジで日が暮れるので、しっかり下調べして最寄りのバス停へ。

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 もっとも、乗り間違えて三十分くらい余計にバスに乗ってしまって折り返したり、
そこで車酔いして(バスの中でライジングインパクトを読んでいたあたしも悪い)、
そのまま連休明けの本日まで体調を崩して頭痛に悩まされたりと、関係ない余談は
カットさせて頂きます(* ´▽`)>

 もっとも、最寄りといっても、割りと山の道をてくてくと三十分ほど歩きます。

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 目的周辺に到着ー。
ここが、見学の拠点となる悠久の館という観光施設です。

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 中はちょっとしたパネルの説明や、採掘に使用された道具なんかが展示されている
エリアになっていますが、残念ながら写真撮影禁止。サイバーショットを懐に
仕舞いこみ、おとなしく勉強させて頂きます。

Wikipediaより
(適当あたし略)
天平時代より銅山として開発され、産出した銅は東大寺の大仏鋳造用に使用されたと
いわれるが記録に乏しい。

 天正年間に入り、銀を産出するようになり豊臣秀吉の直轄領となった。
秀吉が地下奥深くの鉱脈を隠匿し将来の蓄財に備えた為であるとする、いわゆる埋蔵金説
存在するが、確証できる資料は存在しない。


…というわけで、この地の鉱山はなんと東大寺大仏殿の大仏さまのパンチパーマ作成に
使用されたり、我等が太閤さんの直轄領になったそうなのです!
行ってみて初めて知りましたが、ちゃんと戦国史とリンクしましたね!!

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 いざ、観光開始!!
さっそく悠久の館の目の前の駐車場に最初のスポットが。
ここには機械選鉱場といって、掘り出した岩石を砕いてその後、精錬所で溶かされるそうです。

 この横のベンチで、早速お昼ごはん(* ´▽`)
予定では朝10時すぎに到着のはずでしたが、思わぬトラブルのために既に11時を
過ぎてしまっていました。バスに乗るのってやっぱり難しいですね!

 ちなみにこの周辺では食事を摂るところもコンビニも少ないようですので、来る方は
能勢川口付近でお弁当を求めるのが良策。あたしはバス停の側の7・11でサンドイッチを買いました。

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 てくてくと田舎(失礼)の道を歩いていると、観光客はまぁまばら。
資料館もあり、しっかりと展示表示も道標も設置されていて、最近になって整備されて
いるようですので、もうちょっと広まってもいい気がしますね。

 こちらが、道の傍らから山の上の方に道が伸びている甘露寺。
どこまで登らされているかちょっと不安になりますが、せっかくなので登ってみると
いたしましょう。

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 上までひーこら落ち葉の道を上がって、この甘露寺。
生粋の関西人ですから、思わず裏拳でツッコミを入れそうになりました(* ´▽`)
性質上、どんなツッコミが浮かんだかは伏せさせて頂きます。

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 甘露寺からの山道を再び降りて、往来を進みます。
こちらが、大昔の代官所の門の移築だそうです。この地は、前述のとおり
奈良時代はもとより、太閤さんの時代、江戸時代と銀や銅の産出で栄えた所で、
しっかりと代官所などで管理されていました。
 ここ以外にも代官所跡や、高札所(立て看板の場所)なんかがあったりします。

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 こちらは、鉱山のつきもの、山の神様の神社、金山彦神社。
金山彦というのは日本書紀にも載っている、由緒正しい山の神様で、
各地の鉱山で祀られています。
 ちゃんと上まで登って、道中の安全をお祈りして参りました。

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 さぁ、ここからいよいよ鉱山の見学です。
薬用のアオキが生い茂っていたというところから、青木間歩という名が付けられた
坑道です。ここは、この辺りの坑道で唯一 なかに入ることが出来る間歩です!

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 入り口には、ヘルメットがあって、頭上注意で被って入るように注意書きがあります。
さっそく被ってはいるあたし。確かに、160無いあたしのタッパでも頭を
ぶつけそうな高さの天井。腰をかがめて入ります。

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 いやっほーい、見てみて!
中身はこんな具合の本格的銀山!!結構ひんやりしてて、心地よい感じ。
こうして見ると、佐渡ヶ島の金山ダンジョンって感じですね!

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 半ばから入口の方を振り返ってぱちりと一枚。
足元がコンクリートで均されすぎているのが、この手のイベントで本格派嗜好の
あたしにとっては少々不満。
 でも、この写真をウォーキングガイドで見て来たあたしとしてはかなり満足。

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 中には、採掘用の道具が展示されていたり、解説用のパネルがあったりします。
深さは2,30メートルはあるのかなー。よくわかりませんけれども。
ぽたぽたと水滴が落ちているのとか、実に感じが出ててよかったですね(* ´▽`)

というわけで、鉱山を満喫して次に参りましょう。
あー満足満足。もっと宣伝すればいいのに、隠れた名所です。

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 その青木間歩の脇道を上がった上にあるのが、手掘り跡です。
説明の通り、ノミやタガネを使って、手で掘った鉱山跡だそうです。
これだけの大きな穴を、トンテンカンやってたんですかね。
当時の人ってすごいね(* ´▽`)ミ

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 この地の鉱山は、江戸時代で終わりではなく、じつは昭和48年まで実際に
採掘されていたそうです。その、近代最後の鉱山営業者が日本鉱業(現JX日鉱日石金属)でした。
今は土台しか残っていませんが、ここに事務所があったそうです。
 遠い戦国期だけでなく、ちょっと近い時代の話になりましたね。

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 これが露頭といわれるものです。
露頭というのは、普段は地面の中にあるはずの鉱物が地表まで露出している場所らしいです。
上の写真だと、左側や右側にレンガブロックのようになっている箇所です。
 ここからダイレクトに鉱物を掘り出すことを露天掘りっていいます。

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 台所間歩です。
なんと、この鉱山だけで大阪城の台所費用を全て賄っていたところから、名前が
付けられたそうです。残念がら立入禁止。
 ご覧のとおり、ここ数年で史跡として整備されたらしく、観光ブログなどを見ると
中の様子を撮影したものを散見することができます。

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 こんなトコロで見知った名前を発見。
山中鹿之助さんを祭ったお寺跡だそうです。残念ながら、立て札が一枚あるのみで、
場所らしき崖は荒れ放題で跡を見ることはかないませんでした。
 ちょっと調べて見ましたが、明治の廃仏毀釈の影響で廃されたようですね。

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 最後に訪れたのは瓢箪間歩。
とても産出量が多く、秀吉自らがひょうたんを目印に掲げることを許したという
由緒ある鉱山で、実際に秀吉自身も馬に騎乗したまま中に入ったという伝説が
ある鉱山です。注意書きの看板もひょうたんデザインですね。

 …とまぁ、こんな感じの観光でした。
滞在時間は一時間半から二時間ってところ。ちょっと物足りない気がしました。
もうちょっと見るところがあれば、良かったのですが。
 資料表示や道標の表示は行き届いており、雰囲気・風景にもかなり満足。
特に青木間歩は一見の価値がありますよん(* ´▽`)

********** 幸村まつり **********
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 翌5/5は天王寺の安居神社の慰霊祭に参拝してまりました。
安居神社といえば、いつかのオリエンテーリングの絵日記でも行きましたが、かの
真田幸村が最後を遂げた神社ですね。

 徳川本陣を二度に渡って潰走させた幸村でしたが、ついに力尽き、安居神社まで
落ち延びた挙句、負傷した部下を手当している時に徳川方に捕捉され、同郷の
西尾仁左衛門に首をくれてやった…そんな最後でした。

 毎年五月五日、11時三十分から天王寺から徒歩十五分、安居神社でお祭りがあります。

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 慰霊祭には、毎年 大阪城甲冑隊の方々も参加して盛り上げてくださいます。
御覧ください、鹿角兜の幸村様(* ´▽`)

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 式典は境内の幸村象の前で行われます。
あたしは本殿の正面に陣取ってかなり失敗。全然様子が見えませんでした(* ´▽`)

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 そういえば、甲冑隊に超カッコいい女武者さんを発見!
鉢巻、赤備え、胴丸、弓、ハカマと非の打ち所のない完璧装備!
これこれ、こういうコスプ…じゃなくて、衣装を着たいんだから、可及的速やかに
信onでも実装すべきですね!
 くっ、衣装コンテストの前に見ることが出来たら丸パクリで応募したのに!!

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 最後に、弔砲で幸村様を送って終了。
年によってはいろいろと刀で巻藁を斬ったり、弓を射たりと披露があったりしたようですが、
今年はこれで終了でした。
 やっぱ、年に一度は甲冑を見んといけませんね(* ´▽`)
今年こそ、安土の武者行列を見に行きたかったのですが、6/9は簿記試験でした。
来年こそ来年こそはー!!
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